カテゴリー別アーカイブ: パピエstory

story36.ヨーロッパの街並みや暮らし方からの学び

6月は、フランスやイタリアの方とお話したり、見聞きしたりする機会が多く、いろいろと刺激を受けた月でした(そのこともあり、6月半ばのstoryを1回飛ばしてしまい、すみません。)。

日本とヨーロッパ諸国を比べて大きく違うものはいくつかありますが、まずは街並みの景観が挙げられます。日本では100年住宅というのは稀ですが、ヨーロッパでは200年、300年の家はざらにあります(木造と石造といった素材の違いや、地震の多さなど環境の違いもありますが)。しかも、外観が統一されていて、街全体として本当に美しいです。日本は、建物の高さも色もデザインもバラバラで統一されておらず、やけに派手な看板や、無造作に建てられた電柱など、目障りな物も多々見られます。また、ヨーロッパでは、街や村によって、色やデザインなどが統一された特色があり、地域としての個性が押し出されていて、一体感を感じます。逆に日本は、それぞれの家や店舗が思い思いのデザインや看板を出している結果、地域全体としての個性がなく、どこの地域に行っても同じような景観になってしまっている感じがします。

もう1つ大きく違うものは暮らし方が挙げられます。日本はまだまだ労働時間が長いのか、暮らしの豊かさではヨーロッパの国々にはかなわないと思います。ヨーロッパでは、アートが暮らしの中に溶け込み、アンティークな家具や雑貨を大事にする文化があります。大量生産によって作られた物より、一品一品異なるオリジナルの物を大切にし、それぞれの人が個性豊かに楽しんでおられます。日本の中でも、そういった文化がかなり浸透してきたように思いますが、それでも機能や価格を優先した規格品が選択され、他の人と同じような物を買い、同じような行動をしている部分がまだまだ大きいのではないでしょうか。

しかし、かつての日本では、自然や街並みの美しさ、地域の連帯感、手作りや匠の技、粋な暮らしぶりなどが息づいていたはずです。周りの方々と助け合いながら、人それぞれの個性も、今よりずっと豊かだったのではないかと思います。ただ、戦後、高度成長期からバブル期などにかけてのある一定の時期に、経済重視、競争社会、環境破壊、大量生産・大量廃棄など、これまでとは違う方向に進んでしまったのかもしれません。先月、海外の人や街に触れ、海外の方と一緒に以前の日本文化に触れる機会を得たことで、改めて学ぶことが多かったです。今後、自分達もどのように暮らしてゆきたいのか、しっかり考えたいと思います。

奈美さん家族と聴竹居

Katsuji

story35.パピエ何コレ珍五景

我が家は約100年前に建てられた大変古い家です。また、施主であった祖父は、水力発電ダムなどの土木技師で、かつ独特の趣味・感性を持っていたらしく、庭を見てみると何だかよく分からないスポットがいくつかあります。今回、代表的な謎のスポットをまとめてみました。

〇お風呂みたいな石

アトリエ入口のすぐ脇にある石。どこから見ても、お風呂にしか見えません。多分、景観を意識した庭石の1つで、雨水を溜めて調節するような機能もあったのでしょうか。水を溜めてメダカなどを飼っていたのかもしれません。でも、子供だったら、お風呂のように、自ら入ってみたくなりますよね。

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〇サイコロ形の大きな石

アトリエ入口と母屋玄関の間に埋まっている大きな石。これも、庭石の1つと思いますが、結構大きくて、美しいのかどうなのかよく分かりません。子供の頃は、ゴロ練習のため、野球ボールを当てる「壁」として、重宝していたものです。

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〇元禄と掘られている灯篭

奥の紅葉の木のそばに鎮座している灯篭。普段は気付きにくいのですが、去年の地震で倒れ、起こそうとした時のあまりの重みで、その時以来、自分の中での存在感が増しました。しかも、よく見ると元禄と掘られています。着工時、さらに200年以上前のものを購入したのでしょうか。

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〇レンガ積みの保管庫のようなもの

さらに奥の竹やぶの中に、あまり損傷のない綺麗なレンガを、きちんと積み上げて作られた保管庫のようなものがたたずんでいます。昔は、何かを保管する倉庫だったのでしょうか。レンガを取ろうとハンマーやノミを買いましたが、あまりに強固で断念しました。

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〇門までの通路脇にある石積み

家の門までは登り坂となる通路があるのですが、その脇に、小さな石を積んで作った溝のようなものがあります。何気なく見ていましたが、専門の方に聞くと100年前の着工当時からあるものだそうです。確かに豪雨の際は、ここを伝って雨水が流れていて、ちゃんと機能しているようにも思います。水系の土木技師だった祖父のこだわりの1つだったのかもしれません。

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パピエに来られる際、このような隠れたスポットにも注目していただけたら幸いです。

 Katsuji

story34.生活と自然との適度な距離感

今年もいつの間にか春が過ぎ、最近はすっかり夏の様相です。この時期は、蚊も少なく、庭の自然に触れ合える良い季節です。この前も、アトリエ裏の芝生で、久しぶりに家族でのバーベキューを楽しみました。少し前はたけのこ掘りをしたり、食材を盛り付ける時には庭のハランや山椒の葉を使ったり、庭の自然は、我が家の食生活にも密接に関わっています。私が子供の頃は、栗の木や柿の木なども生えており、季節になると栗拾いや柿取りをして自然に触れ合いながら、食を楽しんだものです。また、子供の頃は、食以外でも、生活と自然が密接に関わっていました。子供の頃の生活の中心といえば遊び。友達との遊びは、空き地での野球や、屋内でのボードゲームなどもありましたが、遊びの多くは、身近な自然と触れ合うようなものでした。当時、家の近所には田んぼや里地が多く残っており、子供なりに仕掛けなどの工夫をしながら、田んぼで水中生物を採ったり、里地でクワガタやザリガニを採ったりして、自然と触れ合っていました。家に友達が来た時は、庭で虫取りをしたり、時には松ぼっくりの投げ合い(当て合い)をしたり、自然物を遊び道具に変えて、楽しんでいたように思います。

最近、身近な自然が減ってきて、生活と自然の距離が大きくなりつつあります。ただ、人間ももちろん自然生態系の一員であり、生活と自然から離れすぎてしまうことは良くないことだと思います。特に、子供時代にしっかりと自然体験をすることは本当に大事なことです。私の知り合いで、吹田で子供の自然体験を事業としている起業家(midica)の方がいるのですが、その方いわく、幼少期の自然体験は、生きる力を養う非常に重要なプロセスだそうです。幼少期はいわば野生期で、3歳頃までの感覚期、6歳頃までの感情期、9歳頃までの感性期それぞれに、自然との触れ合いを体験することで、命を学び、健全な成長が促されることになる訳です。

少なくなりつつある身近な自然ですが、子供にとっても大人にとっても、必要不可欠なものです。市内の公園や里地・里山ができるだけ美しく維持管理されることを望むとともに、我が家においても、庭のみどりが彩りや恵みをもたらしてくれるような、自然との距離感を適度に持った暮らし方ができれば良いなと思います。 バーベキュー

Katsuji

story33.新しい時代へ、変わるもの、引き継いでいくもの

本日は、新しい元号令和の1日目。令和元年初日という記念すべき日であります。この家が建てられたのは大正、私たち夫婦が生まれ育ったのは昭和、子供らが生まれ育ったのは平成、そして、これから孫が生まれ育つであろう時代が令和というように、どんどん時代のバトンが渡されていますが、その間に、大きく変わったものもあれば、変わらず残っているものもあります。私が物心ついてからのこの50年をみても、さまざまな技術が発展し、生活は便利になり、多くの情報が行き交い、移動手段も格段にスムーズになるなど、良い方向に変化した部分も多かったと思います。一方で、身近な自然は減り、環境の悪化が進み、人間関係も希薄になりつつあるなど、悪い方向への変化も見受けられますが、人と人との関係や、人と自然との関係、自分への向き合い方など、変わってはいけない部分もまた多くあります。

我が家の形態や我が家での生活様式をみても、時代に応じて、大きく変化してきた部分があります。家の形態でいうと、1つは水回り。家電製品がどんどんリニューアルされるのと同様、キッチンについても時代による移り変わりが大きく、なかなか昔のままで維持することは難しいと感じます。現に、元々あった親世帯のキッチンも私が生まれてから3度ほど入れ替わっていますし、お風呂も木製からホーローに、トイレも汲み取りから水洗へと入れ替わっています。もう1つは安全にも関わる構造材部分。屋根瓦については雨漏り防止や軽量化のため一度全面改修しており、床や天井、壁材などで安全上や維持管理上どうしても修繕しないといけない部分はその都度やり替えています。ただ、家屋について、約100年にわたり、玄関や木枠の窓、網代の天井、廊下、畳間などなど、できるだけ変えずに残してきており、古き良き部分が今でも感じられるように思います。生活様式についても、どうしても継承できなかった風習や行事などは割愛したり、簡略化したりしていますが、衣食住や神事・仏事などできるだけ継承し、慌ただしい世の中だからこそ丁寧な暮らし方を残していきたいという気持ちを持っています。

時代が移っていく中、変わっていくべきものと、変わらないで引き継いでいくべきものがあると思います。新しい技術が生まれても古いものと共存させ、便利な物が増えるからこそひと手間を大切にし、減りつつある自然により感謝して、SNSやネットで全てを済まさずに人との対面をより大事にするなど、そのあたりのバランスをうまく取れるよう今後も頑張りたいものです(下の写真は、この前、プロの写真家に撮影いただいた、古い母屋と新しいアトリエの写真です)。 story33

 Katsuji

story32.春本番、家や庭が映える季節に

桜の時期もほぼ終わりましたね。今年は花冷えもあり、例年より長い期間、桜の花を楽しめた気がします。関西にも多くの桜の名所があり、この時期、大いに私たちの目を楽しませてくれますが、我が家にも1本だけ桜の木があります。桜にも寿命があるらしく、一説ではソメイヨシノの寿命は70年くらいと言われています。我が家の桜の木、私が物心ついた時には既にあったので少なくとも50年は生育しており、家が建てられた時に苗木が移植されたのであれば樹齢約100年ということになります。できるだけ、長生きしてもらうことを願うばかりですが、接ぎ木をすることで、他の場所に増やすことができないかと考えたりもしています。

この時期の植物といえば桜が真っ先に思い浮かびますが、それ以外にも多くの植物が育ち、花咲かせる季節でもあります。我が家の花で言うとタンポポ。昔から、アトリエ裏の芝生部分に咲いていましたが、最近、咲く花の量が格段に多くなったような気がします。一方で、昔は、スミレやシロツメグサも混ざって咲いていたのですが、最近はあまり見られなくなりました。もっと前は、つくしもよく生えていたのですが、これもいつしかなくなりました。時を経るごとに、1つの種が独占してしまいがちで、多様な種が混在することが減ってきたように思います。

このことは、この時期に我が家で良く育つ植物である竹(たけのこ)についても言えます。この時期、たけのこが方々で顔を出し、朝掘りのたけのこを食すことができるのは本当にありがたいことですが、一方で掘る時期を逸したたけのこは見る見る伸び、あっという間に竹になります。竹の成長力は縦にも横にも凄まじく、どんどん背を高くするとともに、他の植物を押しのけてどんどん生息域を拡大していきます。この時期の風物詩で良い部分もあるのですが、気を抜くと家屋まで浸食されかねない大変な部分も持ち合わせています。

このように、春は、冬の間じっと力を蓄えていた植物が一気に成長し、植物によっては美しい花を咲かせる季節でありますが、冬の間裸になっていた木が一気に若葉を付ける季節でもあります。この時期、いろいろな色の花も楽しめますが、若葉の新緑が、最も春を感じられ、最も映える色であると思います。

若葉

Katsuji