カテゴリー別アーカイブ: パピエstory

story41.元我が家敷地のグリーン、伐採進む

我が家敷地の一部を手放して2ヶ月あまり。うっそうと茂っていた木々や竹の伐採がほぼ完了し、現在は土の造成が進み始めています。再整備の途中過程とは言え、グリーンがなくなり、土があらわになった景色を見ると、一抹の寂しさを感じますが、逆に、今後新たにグリーンを伴った戸建住宅の街並みを想像すると、ワクワクした楽しみも感じます。これまでの伐採作業は、本当に見事なプロ仕事で、人力や機械で切り倒した木々や竹について、重機を大胆かつ巧みに操作し、根や幹や枝葉部分などに分別した上で、それぞれしかるべき再利用先への搬出作業を行っていました。折角の機会なので、これからの造成や擁壁工事、住宅整備など、間近で見られることを楽しめたら良いなと思います。

さて、今回手放した敷地は、直前はジャングルのような荒れた森でしたが、以前はもう少し心地の良い緑地でした。私が子供の頃は、母親が野菜やイチゴの畑を管理し、柿や夏みかんの木なども自然に育っていました。緑地に建つ「はなれ」には人が住み、定期的に植木屋さんが入り、毎日通っていただいたお手伝いさんはこまめに緑の手入れもしてくださいました。ただ、私が成人したころから、人による手入れが進まなくなり、みるみる木々は生い茂り、竹の根は家屋に差し迫り、いつしか管理できる限界点を越えてしまったような感じになってしまいました。

このようなグリーンの部分について、手放すとすれば図書館や自然公園など公共用地になれば良いなとボンヤリ考えていた時期もありましたが、それはなかなか現実的ではありませんでした。いざ手放す準備を進めた際には、民有地になるとしても、できるだけ元々の木を残し、元々の地形を生かした住宅地や事業用地になればと交渉した時期もありましたが、これも傾斜の問題や安全性なども考慮するとそういう訳にはいかず、結局、伐採・造成をした上で新たに整備するという方法しか無理ということが分かりました。せめてマンションではなく一戸建てという思いは叶い、一定の緑地を確保した良好な住宅整備ということで、現在計画が進められているところです。公共用地とか、現有の木や地形を生かすなどは素人考えで、いろいろな制約があることを知り、土地利用というのは、なかなか思い描くようにはいかないものなんだなと強く感じました。

これからも、家屋の周りの敷地は現状と何ら変わらず、グリーンもほぼそのまま残ります。これまで以上に良い感じにみどりを管理し、来ていただく皆さまにも憩いとなるような場になればと思います。

庭木の伐採

Katsuji

story40.防災の日に思うこと

今日は防災の日。1923年に関東大震災が発生した日で、台風の襲来が多い時期でもあるため、「災害への備えを怠らないように」という戒めも込めて制定されたそうです。確かに去年の9月初旬は大型の台風が直撃して我が家も大きな打撃を受けましたし、関東大震災の年は我が家が建てられた年でもあり、9月1日は、何となく災害に備えて戒める良い機会であるような気がしています。

それにしても、去年は本当に災害の当たり年でした。全国的には西日本豪雨が大きな被害をもたらしましたが、我が家については、まずは6月18日の大阪北部地震。朝のドラマが始まる直前に起こった断続的な大きな揺れは本当に恐怖でした。玄関の扉がずれたり、仏間の本棚が倒れたり、内壁に亀裂が入るなどの被害を受けましたが、幸い、だれも怪我するようなことはありませんでした。ただ、後々、土壁が落ちている部分が見つかったり、つい先日に上陸した台風10号では少し雨漏りがするなど、じわじわとガタが現れ始めています。

加えて、最も被害の大きかったのは9月4日の台風21号。大きな木が何本も倒れ、特に家のそばの三つ又になった木の1本が家のすぐ近くに倒れ、現在残りの2本は何とか耐えたままになっています。家の方は、2階の窓ガラスが木枠ごと吹き飛ばされ、風雨が家に入り込み、風が押し出す形で、台風でずれた玄関の扉が損壊しました。数10分間という長い時間、家の中も風雨にさらされた状態になり、地震以上の恐怖を感じました(下の写真は、後日、2階の窓枠を改修していただいた時のものです)。

地震も台風も、50年以上の人生で初めての規模でした。いずれも50年に1度の確率で発生するのであれば、次の時はもう私はこの世にいないと思いますが、あくまで確率であって、今年、来年、いつ来るか分かりません。今日の防災の日を契機に、家屋については必要な部分を改修し、庭の木も必要に応じて倒れないよう剪定するなど、いつ来てもおかしくない自然災害を見据えて、家の健康診断と予防治療をしていこうと思います。

二階窓の修理

Katsuji

story39.我が家の神様・仏様へのお参り

我が家敷地の一部を手放して約1ヶ月。木々の伐採が始まって家の周りの様相もだいぶ変わってきました。鳥居や祠(ほこら)などお稲荷さんと呼んでいた部分については、手放す敷地の境界付近にあるため、残念ながら、今回、取り壊すことになりました。お稲荷さんは、私が子供の頃は、毎年、近所の伊射奈岐神社の神主さんにご祈祷いただいていましたし、その風習がなくなった後も、ずっと節目、節目でお参りしていました。

お稲荷さんを取り壊すのに先立ち、4月に、神主さんに最後のご祈祷をいただきました。私が子供の頃に来てもらっていた神主さんは、私の母親と同じ高校で年齢が近く、私も小さい頃から可愛がってもらっていました。今回、久しぶりに祈祷をお願いに神社に行った時も、私のことは覚えていただいていて、いろいろ昔話もしていただきました。我が家の稲荷さんに来られ始めた時は、その方のお父さんが神主さんで、私のおじいさんと同世代だったそうです。そして、今年の4月に実際に来ていただく神主さんには、私と同世代の息子さんを紹介してもらいました。おじいさん、母親、私の3代と、神主さんの3代がちょうどダブっていたこととなり、我が家との長きにわたるつながりを感慨深く思いました。神社で、親世代の神主さんからは、昔、家にあった池で水力発電をしていたのではないかとか、家の屋根瓦はおじいさんが自分で焼いていたのではないかなど、本当かどうかは定かではありませんが、私が知らないような興味深いお話もしてもらいました。伊射奈岐神社は、初詣だけではなく、子供のお宮参りや七五三でもお世話になりましたし、ここ最近は、1月10日に十日戎に行って、商売繁盛のお参りもしています。家のお稲荷さんはまもなく姿を消しますが、伊射奈岐神社の鳥居や境内を見ながらその残像を重ねていきたいと思います。

3日前には、毎年と同様、馴染みのお寺のお坊さんに来ていただいて、家の仏間でお経を読んで、先祖の供養をしていただきました。これからも、多くの寺社仏閣でのお参りを重ねていきながら、神様や仏様に感謝の念を伝えていければなと思います。

神主さん

Katsuji

story38.古い土地であるが故の大変さ

52年前にこの地で生まれてから最近まで、家の土地の歴史や詳細を知る機会はほとんどありませんでした。私が生まれる1年前におじいさんが亡くなりましたが、その後、土地の形状はほぼ今のままでしたし、自発的に測量や登記関係などに手を付けることはなく、かれこれ50年以上、土地に関してはほぼ何もせずに放置していたような状況だったと思います。前回のstoryの通り、今回、家の敷地の一部を手放すことが決定しましたが、それを計画してから決定に至るまで、古い土地であるために、結構な時間がかかりました。

時間がかかった要因の1つは、手放すに当たって物理的に行うことの多さでした。まずは土地の測量に時間がかかりました。形状や境界を確定するための測量とともに、高低差も測定する必要があります。次は、その土地がどのような形態であれば利用できるかについて、複数の不動産会社に提案をいただきながら、利用形態を固めることに時間がかかりました。家の敷地は勾配が急で、伐採すべき木も多く、有効な利用形態を決めていくことに難航しましたが、時間をかけて議論を重ねることで、ゆったりとした区画割りで緑も多い良好な戸建て住宅地の計画に仕上がったと思います。さらに、地盤の固さを調べるためのボーリング調査、地面に変なものが混じっていないか調べるための土壌調査、隣接する方々との境界確定協議などいろいろなことが必要となりました。面白かったのは殺虫剤で有名な金鳥さんによる害虫駆除の実験(写真)。同社にとってもこのようなフィールドで殺虫剤の効果を実証できるのは有難いことらしいです。

もう1つ時間がかかった要因は、登記や権利関係など法律的に行うことの多さでした。詳しく書くと紙面が足りないのですが、古い土地であるが故に、全く知らない人名義の土地が含まれているなどさまざまな齟齬がありました。知らない人の子孫を探し回ったり、古い文書を掘り起こしたり、弁護士さんや司法書士さん、測量士さんなど、あらゆる士業の専門家の方々の協力をいただきながら総動員で解決していきましたが、土地にまつわる法律解釈や権利移転などの複雑さを痛感した次第です。

古い家屋は維持管理や補修が大変さは感じていましたが、古くからある土地がこれほど大変だったとは。最近、空き家問題が、新聞やニュースでよく話題になっていますが、これはとても溝が深い問題なんだなと改めて思いました。 金鳥現場

Katsuji

story37.我が家敷地の一部を手放しへ

7月8日、我が家敷地の一部について、手放すこととなりました。具体的には、道路沿いの駐車スペースになっている部分から上の方で、奥の竹やぶ部分までとなります。もちろん、古民家やアトリエ、その周りの紅葉が育つ庭、道路から建物までの小道部分などは変わりなく存続します。水彩の森パピエとして皆さまにもご利用いただいているエリアはそのままですので、ご安心ください。ただ、工事中、木の伐採や造成など少々騒がしくなることが予想されます。そして、駐車できるスペースが、しばらくの間なくなります。皆さまにはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力のほどよろしくお願いいたします。

今回、敷地の一部を手放すことについて、きっかけは、3年前の父親の他界に伴う土地や家屋の代替わり準備のためでした。しかし、個人で竹やぶなどを維持管理することが大変であったこと、さらに昨年の台風で、大木が根こそぎ倒されたり、多くの竹がなぎ倒されたりと、完全に手に負えない状態になったことも、大きな要因となりました。古い土地や家屋をどのように継承していくかは、以前からの課題でしたが、仮に全く放置してしまうと、木々は育ち放題、古民家は朽ち放題といった無残な状態になってしまうでしょう。仮に、継承を経済的な価値観だけで判断するなら、全ての木々を伐採し、古民家を壊してマンションなどを建てるという選択肢になってしまいます。

しかし、この2つとは違う方法として、個人で木々などを管理できる範囲に土地を整理し、古民家を有効活用できるようにリノベーションして、家として住みながら、広く皆さまに利用していただくという、第3の選択肢も存在します。今、私たち夫婦は、その第3の継承法を選び、さまざまな価値を創出することで維持管理費用を生み出していくという方法を進めていこうとしています。この第3の方法を進めるには大変な部分も多いですが、皆さまと一緒に時間や場を分かち合うことができる、非常に楽しい方法でもあると考えています。また、木々や竹やぶなどの緑地がなくなるのは寂しいことですが、近隣や道路への倒木の危険性がなくなったり、竹の根による家屋浸食が避けられたり、夏に発生する蚊の減少、死角となるスポットへの不安その他、良い意味で回避できることもたくさんあるのではと考えています。

まずは、以下の写真のように、駐車スペースの部分に囲いができました。これから周辺が少しずつ変わっていきますが、引き続き水彩の森パピエをどうぞよろしくお願いします。

駐車場

Katsuji