カテゴリー別アーカイブ: パピエstory

story30.使者が呼び寄せた、お宝発見!

お宝発見と言っても、なんでも鑑定団に出るような壺や掛軸が出てきたという訳ではありません。でも、自分にとっては、ずっと見つけたいなと思っていた念願のお宝をついに発見しました。

先日、我が家の調査のため、聴竹居倶楽部等の代表理事である松隈先生をはじめ、住宅遺産トラスト関西や古材文化の会の方々、写真家の方などがお見えになり、1日かけて、家の内外の撮影やさまざまな調査など、精力的に行っていただきました。撮影については、できるだけ家の原形をレンズにおさめるため、家具から電気製品、自転車、ポストに至るまで、現生活に関わる物は全て片付けるとともに、徹底して光の量や色にこだわり、照明器具や反射板など細部まで気を配った非常に本格的なものとなりました。調査については、まず棟札がないかを確認するため、ヘッドライトを頭に付けて、2階の屋根裏に潜入いただきました。棟札とは、建築の記録・記念として、建物内部の高所に取り付けられた札のことで、それには竣工年月日や建築家、大工さんなどが明記されているそうです。ただ、残念ながら、その札は見つかりませんでした。それ以外にも、蔵の採寸など、これまで積み残していた調査を適宜行っていただきました。さらに、別の方には、施主である祖父(永井専三)の手紙など、家に残っている古い書簡を調べていただきました。これまでも、古い書簡から藤井厚二という名前が見つけられないかと思って、それっぽい書簡を調べていましたが、なかなかその名前は見つかりませんでした。ただ、調査前日、たまたま家の外の納屋を掃除した際、祖父の時代と思しき書類が入った箱を見つけ、家の中に移動しました。それでも目ぼしい書簡は見つかりませんでしたが、調査当日、前日見過ごしていた別の書類の束を念のため確認してみたら、その中身は建築当時の領収書や請求書など家屋建設に関わる書類群だったのです。さらに、確認すると、建築家藤井厚二と施主永井専三のやりとりをしている手紙類、今であれば電子メールで取り交わすような内容のものが数多く出てきました。これまでも藤井厚二建築というのは99%確実であったのですが、これで100%立証されたことになります。しかも、聴竹居も手掛けていた酒徳金之助という名工の大工さんが関わっていたことも判明しました。

今回来られた松隈先生は、長年藤井厚二建築の研究をされている、いわば藤井厚二の使者であり、我が家を訪れた使者が、その日にこの手紙も呼び寄せたのではないかと思います。また、祖父の永井専三も上から私を操り、これまでずっと気を揉んでいたけど、今回やっと見つけたかと胸をなで下ろしたような、そんな気がしています。 藤井厚二手紙

Katsuji

story29.福壽堂秀信あんこイベント盛況に開催

一昨日2月27日、和菓子の老舗、福壽堂秀信さんの新商品「Ann’s Plus」を使ったフードメニューイベントをパピエで開催しました。「餡(あんこ)」の新しい楽しみ方を提案された様々なお話や試食会など、非常に楽しい1日となりました。新商品のパッケージの絵は妻が描いていて、商品を通じて妻の絵が多くの家の食卓に並ぶこと、非常に嬉しく思います。また、このイベントで餡が美味しかったことと同じくらい印象的だったことは、ひな祭りにちなんでひな人形が飾られたことです。イベントでは、社長さんから節供にちなんだ食べ物や植物などのお話もいただきましたが、このように季節の節目の日に、その日らしい飾りつけをして、その日にちなんだ食べ物を食す、こういったことを行うと、身が清まるとともに、本当に心が温まります。 ひな人形 我が家でも、私が子供の頃は、節目の日には、その日にちなんだ食べ物を手作りしていました。例えば、1月1日のお正月に向けては、お餅つき。昔は蒸籠でもち米を蒸して、臼と杵で餅をついて、家の中で丸めて餅箱に入れるということを家族総出でやっていました。今なお臼と杵はありますが、なかなか家でつくことはなくなりました。3月3日はひな祭りで、5月5日は子供の日。菱餅や柏餅などはお店で購入しましたが、ひな人形を家に飾り付けたり、こいのぼりを庭に掲げたりしていたことは鮮明に記憶しています。7月7日の七夕の日も、家の竹やぶから笹を切り出して、短冊など飾りつけをしたものです。節供でない日でも、稲荷祭りの日にはいなり寿司を作ったり、お祝い事の日にはバラ寿司を作ったり、十五夜の日は月見まんじゅうを作ったり。また、常に漬物や梅干しを家で作り置きしたり、いろんな食べ物を丹念に手作りしていたものです。

昨今、保存が効き、簡単に調理ができる様々な食料品を買うことができるようになっていて、自家製の食べ物を手作りする習慣が徐々に減ってきています。四季や節目を感じられる、手作りの食べ物やお花、飾りつけなど、ひと手間をかけた丁寧な暮らし方は本当に良いものだと思います。一昨日のあんこイベントで、改めてそのような気持ちになりました。

 Katsuji

story28.冬の寒さが身に染みる我が家の暖の取り方

ここ最近、建築や設計関係の方が家に来られ、中を案内するケースが多くなっていますが、ほとんどの方が「初めて見た」と驚かれるスポットは配電盤がある電気室です。母屋を立てた祖父は、当時、水力発電用ダムの設計技師として電力会社に勤めていたそうで、その影響もあってか、配電盤設備の重厚さはなかなかのものに見えます。今でいうブレイカーの役割を果たす機器ですが、竣工当時の約100年前にそれほどの電力を使う用途があったのかはよく分かりません。もしかしたら、当時、聴竹居にあるような大量の電力を使う冷蔵庫やストーブがあったのかもしれませんが、私が生まれた50年前頃については、電気の使い道と言えば、主に照明で、あとはテレビや洗濯機、冷蔵庫など限られた家電製品程度だったように思います。冷暖房機器については今のようにエアコンはなく、夏の冷房は専ら扇風機、冬の暖房は石油ストーブやこたつなどが主だったように記憶しています。

配電盤

我が家は当時新しい考え方だった環境共生住宅であったと聞いておりますが、主に夏の暑さをどう凌ぐかということに配慮された設計思想が多いです。逆に冬の寒さ対策はあまり施されておらず、特に当時応接室だった部屋は、暖房が効きにくい高い天井に、底冷えのする板間の部屋、さらに、格子のガラス窓からすきま風が入り、網代の天井から冷たい風が抜けるといった、家の中でも家の外にいるような冬の寒さが身に染みる造りの家になっていると思います。特別に暖房機器が整っていたという訳ではなく、子供の頃は、比較的気密性の高い奥の畳間に、石油ストーブとこたつをベースに家族みんなで過ごす時間を長くすることで、冬の寒さを凌いでいました。結婚し、子供ができ、二世帯住宅として再びこの家で過ごすようになった際、応接室をリビングルームとして使っていましたが、我が家でも最も寒い網代天井の板間の部屋であり、本当に毎年寒い冬を過ごしていました。エアコンはあまり効かず、薪ストーブなどを導入するには煙突など改築コストがかかるなど、なかなか有効な暖房手段が見つかりませんでした。最近、奥の気密性の高い部屋に生活スペースを移すようになってからは、エアコンの暖房で比較的快適に過ごせるようになりましたが、以前のリビングルームは、現在、教室やイベントスペースに利用し始めているので、冬の暖の取り方については、今後もう少し知恵をしぼらないといけません。

我々家族として、寒い家で過ごしてきた良い面と言えば、冬に風邪をひくことがほとんどない強い体になったことでしょうか。

 Katsuji

story27.みどりは量よりも質が大事

いきなりですが、下の写真は、我が家を空中から撮影したGoogleの航空写真です。こうして改めてみるとビックリするのですが、家屋以外、その周りは見事にみどりで覆われています。自然豊かで良いという意見もあるでしょうし、これだけみどりが多ければ、いろんな生き物が生息できたり、光合成により地球温暖化の原因となる二酸化炭素を取り込んで大量の酸素を供給するなど、地球環境保全にも貢献するという考え方もあるでしょう。

ただ、特に都市や住宅地の中では、管理されていない鬱蒼としたみどりは、良いことばかりでないことも事実です。1つは、台風などの後には木が倒れたり、枝や落ち葉を飛ばしたりなど近所の方にご迷惑をおかけしてしまうことです。もう1つは、木々に覆われていることで死角になる部分が多くなり、少し物騒であることも挙げられます。その他、夏にはやぶ蚊が異常に発生するなど、安全・安心という意味では必ずしも良い訳ではありません。家のすぐ周りは、木の高さを整えたり、落ち葉を処理したり、日当たりも考えながら、視覚的にもできるだけ快適に過ごせるよう管理をしているのですが、少し離れた場所についてはなかなか管理しきれません。どんどん木が成長し、竹の生育場所が家の方まで浸食してきて、日当たりも悪くなり、暗くジメジメしてきています。極めつけは、昨年の台風21号で、その影響で、story12にも書かせていただいた最も大きなユリノキが根こそぎ倒れてしまったり、竹林の多くが倒れて足の踏み場もないような状態になったりしています。

前職時代、環境保全の計画づくりに携わる場合が多かったのですが、その時も、単にみどりの量を増やせば良いという訳ではなく、みどりの質の方がより重要であるように流れが変わってきていました。我が家の方も、景観や自然環境に配慮しながらも、質の向上を図りつつ、きちんと管理できるように改善していく必要があると思います。我が家のような住宅地においては、放置された大きな自然より、適度に手が入った目の届く範囲の自然の方が、きっと人にも環境にも良いんだろうなと考えるようになっています。 写真グーグル

Katsuji

story26.引き継がれるべき日本の匠

少し前になりますが、知り合いの大学の先生と教え子の生徒さんが我が家にお越しになり、家屋や家具の採寸をしていただきました。その先生は、インテリアの方がご専門で、どちらかと言えば、机や椅子などの家具の方に関心をお持ちでしたが、当方からの希望もあって、家屋の方も1階について隈なく採寸していただきました。

我が家を設計した藤井厚二氏は家具のデザインもしていて、聴竹居と同じく、我が家にも藤井厚二デザインの家具がいくつか残っています。今回、先生の方で調査いただくことで、家具についても機能とデザインが絶妙にマッチしていることを再認識し、さらに味わい深く感じるようになりました。また、家屋については、今後も残し使っていくにあたって、我々も含め多くの方が間取りや規模感を認識できるように採寸いただき、採寸後に作成した図面は当方のホームページでも利用させていただいています。併せて、別の専門家の方には、家屋の裏手にある土蔵も見ていただきました。なまこ壁であったり、扉が二重であったりなどの特徴があるとともに、特に高床式になっていることが非常に珍しいといった見解もいただきました。

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このように、家屋だけでなく、家具や附属建築物など我が家のいろんな所でも、さまざまな知恵や工夫が施されています。古くから、このような匠の部分では、日本は世界的にも卓越していたと思います。ただ、昨今、日本製の製品も、効率化や経済性などが重視され、機能は規格化され、デザインも画一的になりがちになっているように感じます。独自性を持った機能や、遊び心のあるデザインなどとことんまで追求した日本らしい匠の世界が、これから新しい時代に入るからこそ、ますます重要になってくると思います。この家も含め、古くからの匠ある物を残し、今後に引き継いでいくことに、少しでも貢献できれば良いなと考えています。

Katsuji