カテゴリー別アーカイブ: パピエstory

9月4日、台風の恐ろしさを思い知る

9月4日の日中、近畿地方を縦断した超強力な台風21号。この家で生まれて50年あまり、何度か台風の直撃は体験しましたが、今回の台風は、これまで体験した中で最も恐ろしく、かつ最も我が家に被害をもたらした台風でありました。

台風の日は、私と妻と会社が休みになった娘の3人で家にいましたが、風雨が強くなってから10数分後、まず2階の外の欄干が庭下に落下しました。その時はまだ全員余裕があり、2階に上って落下した欄干を窓から見下ろしたりしていました。でも、その数分後、いよいよ風雨がピークに差し掛かった頃、突然、その2階の窓が木枠ごと飛ばされ、家の中に落下し、ガラスが粉々に1階の踊り場などに飛び散りました。そこから10数分間、断続的に突風が吹くたびに、どこかしかで音がしたり、家全体がフワッと浮いたような感覚に陥ったりと、本当に家ごと飛ばされるんではないかと思いました。家族全員、何もできず、ただただ何ごともないことを祈る気持ちで、風雨が弱まるのを待っていました。台風が通過し、やや風雨が収まった時、家の中をグルっと見回りに行きましたが、ありえないような大木も含め、多くの木々がなぎ倒されていました。でも、不幸中の幸いか、全て直接家屋に向かって倒れることなく、ご近所さんや道路に向かっても倒れることもなく、ちょうど良い場所に多くの木々が支え合うように倒れていました(ケーブルテレビは断線しましたが)。また、皆さんにも多く利用いただいているリビングについても、窓がサッシではなく、木枠でガラスも建築当時の古いものなので、非常に心配しました。ただ、倒れた大木の陰になって、むしろ風の当たりを弱めて家屋を守ってくれたような形になったので、幸いリビングは無傷で済みました。翌日は復旧作業に追われ、窓に板を打ち付ける応急措置の後、人の出入りができないほど覆われた玄関前の倒木の枝・幹を伐採しましたが、自然災害の恐ろしさを感じながら、これほどの災害でも家屋の損壊を最小限に食い止めてくれた木々への感謝の念も持ちつつで、一心不乱に木を切り続ける不思議な気持ちでの作業でした。

皆さまも、今回の台風でさまざまな被害に遭遇されたかと思います。自然は時として猛威を振るいますが、普段は恵みや安らぎを与えてくれています。これからも自然と仲良く付き合いながら、自然に感謝して暮らしていきたいと思います(併せて、今後、大型台風の到来が予想された時は、もう少ししっかりと備えをしなくてはと肝に銘じました)。

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Katsuji

我が家の守り神についてのお話

最近、家の神棚の場所を移設しました。子供のころ神棚は台所にあったのですが、昔の改装の際に撤去してしまったようです。それ以外にもう1つ、配電盤のある小部屋にもひっそりと設置されていたのですが、今回のリノベーションの際、その神棚を、家の中心に位置する事務スペースの和室に移しました。このことで、良い「気」がもっと循環するようになれば良いなと思います。また、この神棚には、いろんな寺社のお札が残っていました。お札があまりに多すぎるので、大半のお札を少しずつ返しにいって、すぐ近所の氏神さんのものだけにしていこうかと考えています。

一方、庭の竹やぶの方には、子供のころからお稲荷さんと呼んでいた、鳥居と祠(ほこら)があります。昔は、確か4月頃に、地域の氏神さんである伊邪那岐神社の神主さんに来てもらい、ご祈祷をいただいていました。この風習はいつしかなくなりましたが、鳥居や祠はずっと残っていて、盆や正月、あるいは何かの際には、家族でお参りをしています。最近では、子供の受験や就職でもお世話になりました。このお稲荷さん、何の神様かは、よく分かっていません。稲荷さんという意味では五穀豊穣を司る食物の神かもしれません。あるいは、伊邪那岐の神主さんという意味では、日本神話で最初に出てくる夫婦神なのかもしれません。まあ、いずれも大事なものであり、ざっくり家族の幸せや健康をお願いするという気持ちで、引き続き、大事にしていきたいと思います。

ただ、庭のお稲荷さん、荒廃した竹やぶの中にあり、いつまでも持ち続けることはできないかもしれません。その際は、近所の氏神さんにお返しすることになると思いますが、そうなったとしても、普段から神棚の氏神さんのお札にお参りをしたり、お札返しなどで方々の寺社にお参りに行ったりしながら、いつも感謝と謙虚の気持ちを忘れず、前に進んでいきたいと思います。

お稲荷さん

Katsuji

お盆の季節、我が家を建てた祖父に思い巡らす

お盆の季節です。皆さまもお休みを取られ、旅行や帰省などをされている方も多いと思います。私たち、例年この時期は、お坊さんを我が家の仏間におよびし、お経を読んでもらって、ご先祖様の供養をいただいています。この時期、先祖のことに思いを巡らす場合が多いので、今回、我が家を建てた祖父のことに触れてみようと思います。

祖父は、私が生まれる1年前の昭和41年に他界しました。したがって、私自身、直接話をしたことも顔を見たこともないのですが、聞いた話によると、祖父は、関西電力の前身の会社で、水力発電用のダム建設など(例えば宇治川の志津川ダム等)を統括する土木技師だったそうです。そして、志津川ダムが完成する頃の大正12年に、この家を建てたらしいです。当時は、千里丘駅という最寄り駅もなく、山や田んぼに囲まれたまさしく山田村の片田舎といったこの土地を購入し、0の状態から、家や庭にこだわりを持って建造されたのだと思います。建築家藤井厚二氏との関係は良く分かりません。出身大学は同じですが、年齢は離れていて、社会人になってからの所属機関も違いますし、専門も建築と土木ということで異なっています。誰かの紹介なのか、陶芸など趣味でのつながりだったのか、この2人の関係性については、昔の手紙や文献を紐解くなどして、今後の私自身の検討課題にしたいと思います。

ただ、現存する家や庭を見る限り、藤井厚二氏のこだわりも垣間見えつつ、祖父の土木技師としてのこだわりも見え隠れするように思います。木造住宅のレンガの基礎や、蔵における石造りの土台、庭の中で雨水を調節するコンクリート製の貯水池、以前に触れた雨庭の設計など、自然環境と共生した土木工学の知見に基づき、志津川ダムを彷彿させる様々なディテールを目にすることができます。ただ、それらが、藤井氏の設計思想なのか、祖父の想いなのか、たまたまそうなっているだけなのか、今となっては確認のしようがありません。でも、そういった歴史が詰まった家や庭であることは間違いないと思います。現代にも通ずる原点となるような土木建築、可能な限り、後世にも残していけるよう努力できればと思います。

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Katsuji

もう一度、我が家の庭をエディブルガーデンに

猛暑が続いています。我が家に続く小道の坂を上ると、アスファルトの道路よりも涼しく感じる、家の中はさらに涼しく感じると言ってくださる方がおられ、本当に嬉しい限りなのですが、やはり今年の夏は特に暑いです。午前中は窓を開けて扇風機だけでも何とか耐えられますが、昼からはエアコンなしでは仕事になりません。なかなか昔のような、冷房なしでの生活はできませんね。このような猛暑が原因なのか、以前の豪雨が原因なのか、春に新たに土を耕して苗植えした小さな畑、もう実がなる時期を過ぎているのに、いっこうに実を付けず、一部枯れかけているものも出てきました。少し前に行った「あおぞらファーム」管理の茨木市の農園は、キューリもナスもトマトも鈴なりだったので、昨今の北摂での異常気象は我が家の不作の理由にはなりません。ということは、畑そのものの場所、あるいは私の育て方に原因があると思われます。畑の日当たり、粘土質の土、土と苗との相性、施肥や水やりの回数や方法、防虫対策など、作物にとって過酷な環境でしょうし、私の手入れの仕方にもまだまだ問題がありそうです。野菜より果物が良いのかもと最近レモンの木を植えましたが、これもうまく育つか分かりません。建物や高木で十分な日照を確保できないことが大きな原因かと思いつつ、他の要因も分析しながら、できるだけ良い環境で元気な作物を育てられればと思います。

思えば、私が子供の頃は、家の庭にさまざまな野菜や果物がなっていました。以前は庭の中に、今ほど鬱蒼としていない日当たりの良い場所があって、そこに母が野菜やイチゴなどの畑を作って栽培していました。それ以外にも、自生していた栗や柿や夏みかんの木、イチジクやビワなどもあり、季節ごとにもたらしてくれる自然の恵みを楽しみにしていたものです。そんな日に少しでも戻れるよう、もう少し試行錯誤したいと思います。野菜や果物が実を付けるエディブルガーデンが、昔とは違う形ででも再現できること、これが私の小さな想いの1つです。

<あおぞらファームの農園>            <我が家の小さな畑> story15

Katsuji

残していきたい、我が家の「雨庭」

先月の地震に続いて、7月上旬の長期間にわたる豪雨。広い範囲で多大な被害が発生し、今なお避難生活を強いられている多くの方々には心よりお見舞い申し上げます。北摂地域でも、避難勧告や避難指示が多く発令され、本当に災害続きの昨今となっています。近年、頻発している豪雨災害は、地球温暖化が大きな原因と言われています。長年、石油や石炭などの化石燃料に依存し、二酸化炭素を大量に排出してきたツケが、猛暑や豪雨など、人の健康や生命までも脅かす大問題となっていると言えます。少し専門的な話になりますが、このような気候変動について、少し前までは、火力などから太陽光などへ発電方式を変えるとか、節電などエネルギー消費を減らすなど、できるだけ二酸化炭素の排出を減らして気候の変化を抑えましょうという対策(緩和策)だけが注目されていましたが、最近は、気候変動はある程度やむを得ないという前提に立って、それにどのように順応するかといった対策(適応策)も重要であるという流れになっています(私自身も、他社と協働して、適応策の研究を行っているところです)。

適応策の1つとして、この前のような豪雨災害の際、一気に雨水が流れ過ぎると、下水道などの内水の氾濫や、河川堤防の決壊などにつながってしまうので、可能な部分は土や緑にしてジワジワと雨水を浸透させるという方式が、欧米諸国を中心に見直されています。日本では、京都の枯山水などの庭園が先人の知恵として古くから存在しており、そのような方式を「雨庭」として、逆に海外に発信しています。そういう目で我が家の庭を見ると、家までの小道は舗装され、一気に水が流れるようになっていますが、家の周辺は土や緑で覆われていて、ジワッと雨水を浸透し、過度に水を道路に流し過ぎないようになっていると思います。もう少しよく見ると、土でジワッと浸透するすぐ横に水を溜めおく水路的なものがあったり、小道についても昔ながらの石積みの側溝があったりと、雨水の流れをうまく制御する工夫があり、古くからの「雨庭」の思想が垣間見れます。

今後も、できるだけ自然の土壌は残し、雨水の浸透とともに、夏の暑さを気化熱などで和らげる働きにも期待したいと思います。ただ、雨の日に、来られる方の靴底ができるだけ汚れないよう、砂利か石などのステップ的なものを整備しなくてはとも思っています。自然の力を最大限に生かしつつ、一部は人の手で補って、安全で心地良い暮らしにつながっていければと思います。

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Katsuji