カテゴリー別アーカイブ: パピエstory

story21.生き物と共存する暮らしについて

我が家は、建物が緑に囲まれていることも特徴の一つだと思います。多くの生き物が庭を棲み家とし、例えば、メジロやスズメ、シジュウカラなどが木々を飛び交い、初春にはウグイスの鳴き声が聞こえてきます。年によって、庭に姿を見せる野鳥が少しずつ変わりますし、虫についても、今年はカブトムシが多いとか、アブラゼミよりクマゼミの方が多いとか、様々な変化が見られ、これはこれで面白いです。私が子供の頃は、家の周りには野生の動物も多く棲んでいて、今では見かけない生き物もチョクチョク見かけました。奥の竹やぶではヘビを見かけることもありましたし、雨上がりの時には調節池的な場所でカメが大発生したこともあったように思います。また、夏の夜にはホタルが、秋にはカマキリやキリギリスなどが、豊富に飛び交っていました。

しかしその後、庭の環境が少しずつ変化して、昨今は、生息する生き物の種類が、昔とはだいぶ変わってきました。野生の爬虫類や両生類が減った一方、逆に増えてきている生き物もいて、特にやぶ蚊が圧倒的に増えたように思います。私が生まれた頃から社会人になるまでは、常に犬を飼っていました。飼っていた最後の犬は蚊が原因となる病気で亡くなりましたし、特にここ最近は、初夏から秋にかけて、やぶ蚊対策をしないと外に出られないくらい蚊が多くなってきています。生き物分布の変化は、気候変動や植生変化による部分が多いのでしょうが、やぶ蚊については、うっそうと乱立する樹木や、倒木による水たまりの増加など、奥の竹やぶのエリアが主な原因と考えています。これはこれで、何らかの対応を講じていかねばなりません。

ただ、大変なことは多々ありますが、やはり緑多き庭は落ち着きますし、生き物と共生していると感じられるのは非常に良いものです。最近、我が家の庭に棲んでいる野良猫はなかなか可愛く、ポカポカとした陽気の日に日向ぼっこしたり、昼寝をしている姿を見ると心が和みます。これからも、多くの生き物に囲まれて生きている今の環境に感謝し、ここでの暮らしを楽しめたらと思っています。 story21

Katsuji

story20.広がりつつある藤井厚二ネットワーク

我が家の古民家、木造モダニズム建築。設計者である藤井厚二氏は「その国を代表するものは住宅建築である」という名言を残されたように、手掛けた建物のほとんどは住宅だったようです。ただ、49歳の若さでこの世を去られたため、手掛けられた住宅の数自体はそれほど多くありません。藤井厚二氏が自ら住まわれた実験住宅である聴竹居が、国の重要文化財に指定されている代表的な建物ですが、それ以外にも、京都市内を中心に、いくつかの住宅が残っています。中には、登録有形文化財としてきっちりと保存されているものもありますが、逆に、住み手が維持管理しきれずに取り壊されているものもあるらしいです。

住宅については、人それぞれの住まい方、利用の仕方、保存や建て替えなどの考え方があります。藤井厚二氏が建てたような築100年近くになる古い住宅だと、なおさら多岐に渡ると思います。最近、藤井厚二氏設計の住宅に関わりのある方とのネットワークができてきました。住宅遺産の維持管理や承継に係る支援などをされている「住宅遺産トラスト関西」の働きかけで、先日も、京都市内で、そういった方々との会合があり、事例発表やディスカッション、現地見学などに参加させてもらいました。その会合には、藤井厚二氏設計住宅のオーナーの方も何人かお見えで、いろいろとお話をしましたが、同じような悩みもあれば、違う部分での悩みもあるように思いました。一般の住宅として使われている方、別棟に住まれて古民家は時々開放利用されている方、新たに古民家を購入されてリノベーションされている方など、いろいろな形態があるようですが、このようなオーナーの方々とのつながりは、これからも大事にしていきたいと思います。その上で、私たち夫婦は、こういったいろいろな取組を参考にしつつ、住みながら利用しながらといった、独自の方法で、古民家の保全活用を進めていければ良いなと考えています。 story20

藤井厚二 https://ja.wikipedia.org/wiki/藤井厚二

聴竹居 http://www.chochikukyo.com/

住宅遺産トラスト関西 http://hhtkansai.jp/

 Katsuji

story19.時短スケッチレシピが出来上がる

最近、地震や台風など災害の話題が多くなりましたので、今回は少し気楽なテーマで。今年の1月から作っていた時短スケッチレシピが、このほど完成しました。

私は2年前にサラリーマンを辞めたのですが、退職によって、日々の生活スタイルが一変しました。今でも会議やイベントなど仕事での外出は多いですが、作業的な仕事は在宅が多くなり、サラリーマン時代に比べると圧倒的に家にいる時間が長くなっています。その結果、妻との分担で、食事を作る機会も増えてきており、近頃は結構楽しく作れるようになってきました。また、妻の水彩イベントに参加する機会も増えてきましたが、そのたびに「だんなさんは絵を描かれないのですか?」と尋ねられるようになりました。私自身も、水彩の楽しさを体感したいなと考えていたので、今年の1月から、料理を作っては、簡単なレシピを書き、写真を撮って、それを時短スケッチするということをして、40枚のノートを完成させた次第です。

もともと絵を描くことは苦手ではなかったのですが、サラリーマン時代からの仕事は、データを解析したり、論文や報告書を書いたり、お客さんのニーズを解決する答えを1つに導いていったりと、左脳的な内容が多かったように思います。一方、スケッチは、モチーフの形をしっかりとらえ、どれが正解とかではなく自分が描きたいものを自分なりに表現する、といった右脳を使うことが大事になってきます。仕事ではあまり働かせてこなかった部分が刺激され、非常に心地良く感じています。また、「時短」スケッチになると、絵を作りこむ所と、描ききらない所のメリハリをつけて、できるだけ短い時間で仕上げていくということも必要になります。これは、服選びや料理、DIYや庭づくりなど衣食住にも通じる部分があるような気がしています。

時短スケッチ、今後は建物や自然物など、屋外でもチャレンジしていきたいと考えています。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA

Katsuji

story18.9月4日、台風の恐ろしさを思い知る

9月4日の日中、近畿地方を縦断した超強力な台風21号。この家で生まれて50年あまり、何度か台風の直撃は体験しましたが、今回の台風は、これまで体験した中で最も恐ろしく、かつ最も我が家に被害をもたらした台風でありました。

台風の日は、私と妻と会社が休みになった娘の3人で家にいましたが、風雨が強くなってから10数分後、まず2階の外の欄干が庭下に落下しました。その時はまだ全員余裕があり、2階に上って落下した欄干を窓から見下ろしたりしていました。でも、その数分後、いよいよ風雨がピークに差し掛かった頃、突然、その2階の窓が木枠ごと飛ばされ、家の中に落下し、ガラスが粉々に1階の踊り場などに飛び散りました。そこから10数分間、断続的に突風が吹くたびに、どこかしかで音がしたり、家全体がフワッと浮いたような感覚に陥ったりと、本当に家ごと飛ばされるんではないかと思いました。家族全員、何もできず、ただただ何ごともないことを祈る気持ちで、風雨が弱まるのを待っていました。台風が通過し、やや風雨が収まった時、家の中をグルっと見回りに行きましたが、ありえないような大木も含め、多くの木々がなぎ倒されていました。でも、不幸中の幸いか、全て直接家屋に向かって倒れることなく、ご近所さんや道路に向かっても倒れることもなく、ちょうど良い場所に多くの木々が支え合うように倒れていました(ケーブルテレビは断線しましたが)。また、皆さんにも多く利用いただいているリビングについても、窓がサッシではなく、木枠でガラスも建築当時の古いものなので、非常に心配しました。ただ、倒れた大木の陰になって、むしろ風の当たりを弱めて家屋を守ってくれたような形になったので、幸いリビングは無傷で済みました。翌日は復旧作業に追われ、窓に板を打ち付ける応急措置の後、人の出入りができないほど覆われた玄関前の倒木の枝・幹を伐採しましたが、自然災害の恐ろしさを感じながら、これほどの災害でも家屋の損壊を最小限に食い止めてくれた木々への感謝の念も持ちつつで、一心不乱に木を切り続ける不思議な気持ちでの作業でした。

皆さまも、今回の台風でさまざまな被害に遭遇されたかと思います。自然は時として猛威を振るいますが、普段は恵みや安らぎを与えてくれています。これからも自然と仲良く付き合いながら、自然に感謝して暮らしていきたいと思います(併せて、今後、大型台風の到来が予想された時は、もう少ししっかりと備えをしなくてはと肝に銘じました)。

story17

Katsuji

story17.我が家の守り神についてのお話

最近、家の神棚の場所を移設しました。子供のころ神棚は台所にあったのですが、昔の改装の際に撤去してしまったようです。それ以外にもう1つ、配電盤のある小部屋にもひっそりと設置されていたのですが、今回のリノベーションの際、その神棚を、家の中心に位置する事務スペースの和室に移しました。このことで、良い「気」がもっと循環するようになれば良いなと思います。また、この神棚には、いろんな寺社のお札が残っていました。お札があまりに多すぎるので、大半のお札を少しずつ返しにいって、すぐ近所の氏神さんのものだけにしていこうかと考えています。

一方、庭の竹やぶの方には、子供のころからお稲荷さんと呼んでいた、鳥居と祠(ほこら)があります。昔は、確か4月頃に、地域の氏神さんである伊邪那岐神社の神主さんに来てもらい、ご祈祷をいただいていました。この風習はいつしかなくなりましたが、鳥居や祠はずっと残っていて、盆や正月、あるいは何かの際には、家族でお参りをしています。最近では、子供の受験や就職でもお世話になりました。このお稲荷さん、何の神様かは、よく分かっていません。稲荷さんという意味では五穀豊穣を司る食物の神かもしれません。あるいは、伊邪那岐の神主さんという意味では、日本神話で最初に出てくる夫婦神なのかもしれません。まあ、いずれも大事なものであり、ざっくり家族の幸せや健康をお願いするという気持ちで、引き続き、大事にしていきたいと思います。

ただ、庭のお稲荷さん、荒廃した竹やぶの中にあり、いつまでも持ち続けることはできないかもしれません。その際は、近所の氏神さんにお返しすることになると思いますが、そうなったとしても、普段から神棚の氏神さんのお札にお参りをしたり、お札返しなどで方々の寺社にお参りに行ったりしながら、いつも感謝と謙虚の気持ちを忘れず、前に進んでいきたいと思います。

お稲荷さん

Katsuji