カテゴリー別アーカイブ: パピエstory

story39.我が家の神様・仏様へのお参り

我が家敷地の一部を手放して約1ヶ月。木々の伐採が始まって家の周りの様相もだいぶ変わってきました。鳥居や祠(ほこら)などお稲荷さんと呼んでいた部分については、手放す敷地の境界付近にあるため、残念ながら、今回、取り壊すことになりました。お稲荷さんは、私が子供の頃は、毎年、近所の伊射奈岐神社の神主さんにご祈祷いただいていましたし、その風習がなくなった後も、ずっと節目、節目でお参りしていました。

お稲荷さんを取り壊すのに先立ち、4月に、神主さんに最後のご祈祷をいただきました。私が子供の頃に来てもらっていた神主さんは、私の母親と同じ高校で年齢が近く、私も小さい頃から可愛がってもらっていました。今回、久しぶりに祈祷をお願いに神社に行った時も、私のことは覚えていただいていて、いろいろ昔話もしていただきました。我が家の稲荷さんに来られ始めた時は、その方のお父さんが神主さんで、私のおじいさんと同世代だったそうです。そして、今年の4月に実際に来ていただく神主さんには、私と同世代の息子さんを紹介してもらいました。おじいさん、母親、私の3代と、神主さんの3代がちょうどダブっていたこととなり、我が家との長きにわたるつながりを感慨深く思いました。神社で、親世代の神主さんからは、昔、家にあった池で水力発電をしていたのではないかとか、家の屋根瓦はおじいさんが自分で焼いていたのではないかなど、本当かどうかは定かではありませんが、私が知らないような興味深いお話もしてもらいました。伊射奈岐神社は、初詣だけではなく、子供のお宮参りや七五三でもお世話になりましたし、ここ最近は、1月10日に十日戎に行って、商売繁盛のお参りもしています。家のお稲荷さんはまもなく姿を消しますが、伊射奈岐神社の鳥居や境内を見ながらその残像を重ねていきたいと思います。

3日前には、毎年と同様、馴染みのお寺のお坊さんに来ていただいて、家の仏間でお経を読んで、先祖の供養をしていただきました。これからも、多くの寺社仏閣でのお参りを重ねていきながら、神様や仏様に感謝の念を伝えていければなと思います。

神主さん

Katsuji

story38.古い土地であるが故の大変さ

52年前にこの地で生まれてから最近まで、家の土地の歴史や詳細を知る機会はほとんどありませんでした。私が生まれる1年前におじいさんが亡くなりましたが、その後、土地の形状はほぼ今のままでしたし、自発的に測量や登記関係などに手を付けることはなく、かれこれ50年以上、土地に関してはほぼ何もせずに放置していたような状況だったと思います。前回のstoryの通り、今回、家の敷地の一部を手放すことが決定しましたが、それを計画してから決定に至るまで、古い土地であるために、結構な時間がかかりました。

時間がかかった要因の1つは、手放すに当たって物理的に行うことの多さでした。まずは土地の測量に時間がかかりました。形状や境界を確定するための測量とともに、高低差も測定する必要があります。次は、その土地がどのような形態であれば利用できるかについて、複数の不動産会社に提案をいただきながら、利用形態を固めることに時間がかかりました。家の敷地は勾配が急で、伐採すべき木も多く、有効な利用形態を決めていくことに難航しましたが、時間をかけて議論を重ねることで、ゆったりとした区画割りで緑も多い良好な戸建て住宅地の計画に仕上がったと思います。さらに、地盤の固さを調べるためのボーリング調査、地面に変なものが混じっていないか調べるための土壌調査、隣接する方々との境界確定協議などいろいろなことが必要となりました。面白かったのは殺虫剤で有名な金鳥さんによる害虫駆除の実験(写真)。同社にとってもこのようなフィールドで殺虫剤の効果を実証できるのは有難いことらしいです。

もう1つ時間がかかった要因は、登記や権利関係など法律的に行うことの多さでした。詳しく書くと紙面が足りないのですが、古い土地であるが故に、全く知らない人名義の土地が含まれているなどさまざまな齟齬がありました。知らない人の子孫を探し回ったり、古い文書を掘り起こしたり、弁護士さんや司法書士さん、測量士さんなど、あらゆる士業の専門家の方々の協力をいただきながら総動員で解決していきましたが、土地にまつわる法律解釈や権利移転などの複雑さを痛感した次第です。

古い家屋は維持管理や補修が大変さは感じていましたが、古くからある土地がこれほど大変だったとは。最近、空き家問題が、新聞やニュースでよく話題になっていますが、これはとても溝が深い問題なんだなと改めて思いました。 金鳥現場

Katsuji

story37.我が家敷地の一部を手放しへ

7月8日、我が家敷地の一部について、手放すこととなりました。具体的には、道路沿いの駐車スペースになっている部分から上の方で、奥の竹やぶ部分までとなります。もちろん、古民家やアトリエ、その周りの紅葉が育つ庭、道路から建物までの小道部分などは変わりなく存続します。水彩の森パピエとして皆さまにもご利用いただいているエリアはそのままですので、ご安心ください。ただ、工事中、木の伐採や造成など少々騒がしくなることが予想されます。そして、駐車できるスペースが、しばらくの間なくなります。皆さまにはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力のほどよろしくお願いいたします。

今回、敷地の一部を手放すことについて、きっかけは、3年前の父親の他界に伴う土地や家屋の代替わり準備のためでした。しかし、個人で竹やぶなどを維持管理することが大変であったこと、さらに昨年の台風で、大木が根こそぎ倒されたり、多くの竹がなぎ倒されたりと、完全に手に負えない状態になったことも、大きな要因となりました。古い土地や家屋をどのように継承していくかは、以前からの課題でしたが、仮に全く放置してしまうと、木々は育ち放題、古民家は朽ち放題といった無残な状態になってしまうでしょう。仮に、継承を経済的な価値観だけで判断するなら、全ての木々を伐採し、古民家を壊してマンションなどを建てるという選択肢になってしまいます。

しかし、この2つとは違う方法として、個人で木々などを管理できる範囲に土地を整理し、古民家を有効活用できるようにリノベーションして、家として住みながら、広く皆さまに利用していただくという、第3の選択肢も存在します。今、私たち夫婦は、その第3の継承法を選び、さまざまな価値を創出することで維持管理費用を生み出していくという方法を進めていこうとしています。この第3の方法を進めるには大変な部分も多いですが、皆さまと一緒に時間や場を分かち合うことができる、非常に楽しい方法でもあると考えています。また、木々や竹やぶなどの緑地がなくなるのは寂しいことですが、近隣や道路への倒木の危険性がなくなったり、竹の根による家屋浸食が避けられたり、夏に発生する蚊の減少、死角となるスポットへの不安その他、良い意味で回避できることもたくさんあるのではと考えています。

まずは、以下の写真のように、駐車スペースの部分に囲いができました。これから周辺が少しずつ変わっていきますが、引き続き水彩の森パピエをどうぞよろしくお願いします。

駐車場

Katsuji

story36.ヨーロッパの街並みや暮らし方からの学び

6月は、フランスやイタリアの方とお話したり、見聞きしたりする機会が多く、いろいろと刺激を受けた月でした(そのこともあり、6月半ばのstoryを1回飛ばしてしまい、すみません。)。

日本とヨーロッパ諸国を比べて大きく違うものはいくつかありますが、まずは街並みの景観が挙げられます。日本では100年住宅というのは稀ですが、ヨーロッパでは200年、300年の家はざらにあります(木造と石造といった素材の違いや、地震の多さなど環境の違いもありますが)。しかも、外観が統一されていて、街全体として本当に美しいです。日本は、建物の高さも色もデザインもバラバラで統一されておらず、やけに派手な看板や、無造作に建てられた電柱など、目障りな物も多々見られます。また、ヨーロッパでは、街や村によって、色やデザインなどが統一された特色があり、地域としての個性が押し出されていて、一体感を感じます。逆に日本は、それぞれの家や店舗が思い思いのデザインや看板を出している結果、地域全体としての個性がなく、どこの地域に行っても同じような景観になってしまっている感じがします。

もう1つ大きく違うものは暮らし方が挙げられます。日本はまだまだ労働時間が長いのか、暮らしの豊かさではヨーロッパの国々にはかなわないと思います。ヨーロッパでは、アートが暮らしの中に溶け込み、アンティークな家具や雑貨を大事にする文化があります。大量生産によって作られた物より、一品一品異なるオリジナルの物を大切にし、それぞれの人が個性豊かに楽しんでおられます。日本の中でも、そういった文化がかなり浸透してきたように思いますが、それでも機能や価格を優先した規格品が選択され、他の人と同じような物を買い、同じような行動をしている部分がまだまだ大きいのではないでしょうか。

しかし、かつての日本では、自然や街並みの美しさ、地域の連帯感、手作りや匠の技、粋な暮らしぶりなどが息づいていたはずです。周りの方々と助け合いながら、人それぞれの個性も、今よりずっと豊かだったのではないかと思います。ただ、戦後、高度成長期からバブル期などにかけてのある一定の時期に、経済重視、競争社会、環境破壊、大量生産・大量廃棄など、これまでとは違う方向に進んでしまったのかもしれません。先月、海外の人や街に触れ、海外の方と一緒に以前の日本文化に触れる機会を得たことで、改めて学ぶことが多かったです。今後、自分達もどのように暮らしてゆきたいのか、しっかり考えたいと思います。

奈美さん家族と聴竹居

Katsuji

story35.パピエ何コレ珍五景

我が家は約100年前に建てられた大変古い家です。また、施主であった祖父は、水力発電ダムなどの土木技師で、かつ独特の趣味・感性を持っていたらしく、庭を見てみると何だかよく分からないスポットがいくつかあります。今回、代表的な謎のスポットをまとめてみました。

〇お風呂みたいな石

アトリエ入口のすぐ脇にある石。どこから見ても、お風呂にしか見えません。多分、景観を意識した庭石の1つで、雨水を溜めて調節するような機能もあったのでしょうか。水を溜めてメダカなどを飼っていたのかもしれません。でも、子供だったら、お風呂のように、自ら入ってみたくなりますよね。

IMG_1651

〇サイコロ形の大きな石

アトリエ入口と母屋玄関の間に埋まっている大きな石。これも、庭石の1つと思いますが、結構大きくて、美しいのかどうなのかよく分かりません。子供の頃は、ゴロ練習のため、野球ボールを当てる「壁」として、重宝していたものです。

IMG_1654

〇元禄と掘られている灯篭

奥の紅葉の木のそばに鎮座している灯篭。普段は気付きにくいのですが、去年の地震で倒れ、起こそうとした時のあまりの重みで、その時以来、自分の中での存在感が増しました。しかも、よく見ると元禄と掘られています。着工時、さらに200年以上前のものを購入したのでしょうか。

IMG_1656

〇レンガ積みの保管庫のようなもの

さらに奥の竹やぶの中に、あまり損傷のない綺麗なレンガを、きちんと積み上げて作られた保管庫のようなものがたたずんでいます。昔は、何かを保管する倉庫だったのでしょうか。レンガを取ろうとハンマーやノミを買いましたが、あまりに強固で断念しました。

IMG_1658

〇門までの通路脇にある石積み

家の門までは登り坂となる通路があるのですが、その脇に、小さな石を積んで作った溝のようなものがあります。何気なく見ていましたが、専門の方に聞くと100年前の着工当時からあるものだそうです。確かに豪雨の際は、ここを伝って雨水が流れていて、ちゃんと機能しているようにも思います。水系の土木技師だった祖父のこだわりの1つだったのかもしれません。

IMG_1660

パピエに来られる際、このような隠れたスポットにも注目していただけたら幸いです。

 Katsuji